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藍よりも青し

農業をテーマにしたブログです。

農業をテーマに
つらつらと書いていきます。






宮澤賢治と雫石 春と修羅~小岩井農場~

岩手県の詩人・童話作家である宮澤賢治

 

 

 

 

彼は幾度となく雫石を訪れています。

 

とりわけ明治時代にオープンした民間農場である

小岩井農場の西洋的の建物も賢治を魅了しました。

 

 

 

 

 

宮澤賢治が初めて雫石を訪れたのは盛岡中学時代でした。

 

岩手山から望む雫石の風景、小岩井農場で感じた四季の移ろいは、賢治の豊かな創造力を呼び起こし、数々の作品に登場します。

まさしく雫石の風景こそ、理想郷イーハトーヴの原風景といえましょう。

 

 

 

 

 

初めての岩手山登山


 

 

 

賢治が幼少の頃から鉱石採集が好きで、「石っこ賢さん」と呼ばれたことはあまりにも有名ですが、親元を離れ盛岡中学に進んだ賢治の目は、当然のごとく近郊の山野にそそがれていました。 

賢治は1910年中学2年の秋、学校の「植物採集岩手山登山」に参加し、初めて岩手山に登ります。

その時の情景が深く印象に残ったのか、同じ年の9月には同級生とともに再び岩手山を目指します。

柳沢から上り山頂を極め、御釜噴火口、御苗代を経て網張温泉に下山。

翌日小岩井農場を見学して後、盛岡に戻りました。

その後賢治は、盛岡高等農林学校、そして稗貫農学校(現、花巻農学校)の教員時代を含め、

数十回にも及び岩手山に登りました。岩手山から見た雫石地域の風景は、賢治の脳裏に深く焼きついていたことでしょう。

 

 

 

 

小岩井農場への遠足

 


 

 

 

中学3年の5月、賢治は遠足で小岩井農場を訪れます。

小岩井農場は、3000ヘクタールの広さを誇る我が国唯一の民間総合農場で、その雄大さは賢治も「牧場の標本」と評したほど。

農場の北欧風のサイロなどの建物も、賢治の好奇心を刺激しました。

賢治の作品には、時折り西洋風の街や建物が登場するが、こんなところから生まれてきたのかもしれません。

賢治は、その後も繰り返し小岩井農場を訪れる。周囲には童話の舞台となった狼森や笊森が続いていて、農場や森の中に自然の営みを体験した賢治は、自然の素晴らしさと大切さを心の中に刻んでいきます。

 

 

 

 

高等農林御明神演習林と経済農場の存在

 


 

 

雫石の御明神には、盛岡高等農林付属の演習林と経済農場があり、果樹や畜産、林業の実習教育が行われていました。

高等農林に進んだ賢治も、実習のためたびたび通うこととなります。

当時、現地までの交通はすべて徒歩。

好奇心旺盛な賢治のこと、途中森や川に分け入り、植物や鉱石を見つけては道草をしていたに違いありません。

賢治は道々で山や里の景色をながめ、文学的な環境をいっそう募らせていきます。

賢治の詩や歌に、雫石の地名が多く登場するもの、そのためだと考えられています。

 

 

 

秋田街道、青春夜行

 


 

 

高等農林3年の夏、賢治は文学愛好の仲間と同人誌「アザリア」を発刊します。

作品の合評会の後興奮冷めやらぬ賢治は、仲間3人と深夜秋田街道(現、国道46号)を歩き出します。

この若さゆえさすらいの旅は、賢治と雫石のかかわりと決定的なものにしました。

賢治の処女詩集は「春と修羅」。

その冒頭を飾るのは街道筋に望む。

七つ森を詠んだ「屈折率」でした。

雫石の情景が、いかに賢治の心に焼きついていたか。

そんな思いを強く感じられるできごとだと言えます。

 

 

 

 

屈折率

七つ森のこっちのひとつが

水の中よりもっと明るく

そしてたいへん巨きいのに

わたくしはでこぼこ凍ったみちをふみ

このでこぼこの雪をふみ

向ふの縮れた亜鉛の雲へ

陰気な郵便脚夫のやうに

(またアラッディン、洋燈とり)

急がなければならないのか

 

 

 

 

雫石の七つ森の情景を眺めながら、凍った冬の道を進む。

 

そんな賢治の様子を見て取ることが出来ます。

 

 

 

 

宮澤賢治の処女詩集「春と修羅」に描かれた小岩井農場

賢治が小岩井駅に降り立ち、小岩井農場へ向かう様子が鮮明に見て取れます。

 

 

 

 

 

小岩井農場

 

パート1

 

 

私はずいぶん素早く汽車から降りた

そのために雲がぎらっと光ったくらいだ

けれどももっと早い人はある

化学の並川さんによく似た人だ

あのオリーブの背広などはそっくり大人しい農学士だ

さっき盛岡の停車場でも

確かに私はそう思っていた

この人が砂糖水の中の

冷たく明るい待合室から

一足出るとき…私も出る

 


花巻農学校に勤めていた賢治は盛岡から橋場線に乗り換えて

小岩井駅で下車します。

賢治は一番乗り位の早さで下車しますが、もっと早い人がいました。

 


馬車が一台立っている

馭者が一言何か言う

黒塗りの素敵な馬車だ

光沢消しだ

馬も上等のハツクニー

この人はかすかに頷き

それから自分という小さな荷物を

載っけるという気軽な風で

馬車に登って腰かける

(僅かの光の交錯だ)

その陽の当たった背中が

すこし屈んでしんとしている

私は歩いて馬と並ぶ

これはあるいは客馬車だ

どうも農場のらしくない

私にも乗れと言えばいい

馭者が横から呼べばいい

乗らなくたって良いのだが

これから五里も歩くのだし

倉掛山の下あたりで

ゆっくり時間も欲しいのだ

 


そしてその男性は馬車に乗ります。

その様子を見て賢治も自分も乗りたいと考えます。


私にも乗れと馭者に声をかけてほしいという心情が描かれています。


これから小岩井農場まで歩いて行くとなると約20キロの道のりを歩かなければなりません。

ゆっくりと詩について考える時間を取りたいと思っています。



あそこなら空気もひどく明瞭で

樹でも草でもみんな幻燈だ

もちろん翁草も咲いているし

野原は黒葡萄酒のコップも並べて

私を歓待するだろう

そこでゆっくりとどまるために

本部まででも乗ったほうがいい

今日なら私だって

馬車に乗れないわけではない

(曖昧な思惟の蛍光

きっといつでもこうなのだ)

もう馬車が動いている

(これが実にいいことだ

どうしようか考えている暇に

それが過ぎて滅くなるということ)

ひらっと私を通り越す

道は真っ黒の腐葉土

雨上がりだし弾力もある

馬はピンと耳を立て

その端は向こうの青い光に尖り

いかにも気さくに馳けて行く

後からはもう誰も来ないのか

 


結局馬車は賢治を置いて動き出します。

上等のハクニーと描かれる馬はイギリス原産で、当時の小岩井農場の西洋風の雰囲気を感じさせます。

脚を高く上げて馬車を引く様子がとても優雅な馬とされており、その馬が黒塗りの美しい馬車を引く様子は、賢治の心をひきつけるものであったでしょう。

 


~~~~

 

 

汽車から降りた人たちは

さっきたくさんあったのだが

みんな丘かげの茶褐部落や

繋あたりへ往くらしい

西に曲がって見えなくなった

 


 

 

小岩井駅にはこの春と修羅の一説が描かれた歌碑があります。

 

賢治が出発点とした小岩井農場は、時がたった今でも同時の姿のまま佇んでいます。

 

 

 

今私は歩測の時のよう

新開地風の建物は

みんな後ろに片附けた

そしてこここそ畑になっている

黒馬が二ひき汗でぬれ

犁を引いて往ったりきたりする

鶸色(ひわいろ)の柔らかな山のこっち側だ

山では不思議に風が吹いている

若葉が様々に翻る

ずうっと遠くの暗いところでは

鶯もごろごろ啼いている

その透明な群青の鶯が

(本当の鶯の方はドイツ読本の

ハンスが鶯でないよと云った)

 

 

 

小岩井駅の周辺にあった建物も後ろに通り過ぎ、賢治の周りを畑が囲みます。

農耕馬が犂を引き、畑を耕している様子がわかります。

若葉が芽を出していて、生命の息吹を感じさせます。

 

 

 

馬車はずんずん遠くなる

大きく揺れるし跳ね上がる

紳士も軽く跳ね上がる

この人はもうよほど世間をわたり

今は青黒い淵のようなとこへ

すまして腰かけている人なのだ

そしてずんずん遠くなる

 

 

 

先ほどの馬車に乗った紳士はどんどん先へと進んでいきます。

たくさんの世間を見て、色々なことを客観的に見ている人だと表現しているのでしょうか。

 

 

 

~~~~

 

 

冬に来た時とはまるで別だ

みんなすっかり変わっている

変わったとはいえそれは雪が往き

雲が展けて土が呼吸し

幹や芽のなかに燐光や樹液が流れ

白い春になっただけだ

それよりもこんなせわしい心象の明滅を連ね

速やかな速やかな万法流転の中に

小岩井の綺麗な野原や牧場の標本が

いかにも確かに継起するという事が

どんなに新鮮な奇跡だろう

本当にこの道をこの前往くときは

空気がひどく稠密で

冷たくそして明る過ぎた

今日は七ツ森は一面の枯草

松木がおかしな緑褐に

丘の後ろと麓に生えて

大変陰鬱に古びて見える

 

 

 

冬に訪れたときと、現在の小岩井の景色を見比べ、その違いに驚いています。

雪が解け、新たな生命を感じさせる春が訪れただけだと賢治もわかっていますが、

その様子が奇跡的だと感じています。

 

七ツ森は雪が解けて前の年に生命を終えた枯草がその姿を見せています。

それが大変古びてみてるとしています。

 

 

 

 

パート2

 

 

 

たむぼりん(遠雷)も遠くの空で鳴っているし

雨は今日は大丈夫降らない

しかし馬車も早いと云ったところで

そんなに素敵なわけではない

今までたってやっとあそこまで

ここからあそこまでのこのまっすぐな

火山灰の道の分だけ行ったのだ

あそこはちょうど曲り目で

すがれの草穂も揺れている

(山は青い雲でいっぱい光っているし

馳けて行く馬車は黒くて立派だ)

 

 

 

遠雷が遠くで鳴っているのを聞きながら雨は降らないだろうと天気を気にしています。

 

 

先ほどの馬車に乗らなかったことを気にしながらも、

馬車もそんなに早いわけではないと自分の行動を肯定しようとしています。

やはり馬車の立派さは賢治の心を引くものであったのでしょう。

 

 

 

ひばり ひばり

銀の微塵の散らばる空へ

たった今昇ったひばりなのだ

黒くて素早く金色だ

空でやるBrownian movement

おまけにあいつの翅ときたら

甲虫のように四枚ある

飴色のやつと硬い漆塗りの方と

たしかに二重に持っている

よほど上手に鳴いている

空の光を呑みこんでいる

光波のために溺れている

もちろんずっと遠くでは

もっとたくさん鳴いている

そいつの方は背景だ

向うからはこっちのやつがひどく勇敢に見える

 

 

 

空を舞うひばりの声を聴きながら空を眺めています。

 

 

遠くにはもっとたくさんのひばりが鳴いていますが、

自分の近くにいるひばりの方が向うのひばりからは勇敢に見えるだろうと述べています。

 

 

 

後ろから五月の今頃

黒い長いオーヴァを着た

医者らしいものがやってくる

度々こっちを見ているようだ

それは一本道を行くときに

ごくありふれたことなのだ

冬にもやっぱりこんな塩梅に

黒いイムバネスがやってきて

本部へはこれでいいんですかと

遠くから言葉の浮標を投げつけた

凸凹の雪道を

かろうじて咀嚼するという風に歩きながら

本部へはこれでいいんですかと

心細そうに聞いたのだ

俺はぶっきらぼうにああといっただけなので

ちょうどそれだけ大変かわいそうな気がした

今日のはもっと遠くから来る

 

 

 

賢治の後ろから5月なのにも関わらずオーバーを着た医者に見える人がやってきます。

 

時々賢治の様子を気にしながら歩いてきています。

 

まっすぐな一本道を行くとき、その光景は当たり前だと感じながらも

冬に小岩井農場を訪れたときの様子を思い出しています。

 

その時も同じように黒いイムネバスコートを着た人が、本部へ行く道はこれでいいのですかと

心細そうに聞いてきたことを思い出します。

まっすぐな何もない雪景色の道。彼はとても不安だったことでしょう。

 

賢治はそのときの自身の対応が冷たかったと思い、かわいそうに感じています。

 

今日のオーバーを着た男性はその時の男性よりもっと遠くにいることがわかります。

 

 

 

 

 

自身の心象・情景を交えながら書かれた詩で、賢治の見た景色を想像しながら読むことが出来ます。

 

これを見ると賢治の詩に沿って小岩井農場への道のりを歩いてみたくなりますね。

 

 

 

 

 

 

パート3以降についてはまた次回紹介していきます。