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藍よりも青し

農業をテーマにしたブログです。

農業をテーマに
つらつらと書いていきます。






小岩井農場 パート3~

 

前回は宮澤賢治と雫石のかかわりに触れ、春と修羅のパート2までについて述べてきました。

 

今回はその続きから紹介していきたいと思います。

 

 

 

パート3

 

もう入口だ小岩井農場

(いつもの通りだ)

混んだ野ばらやアケビの藪

もの売りキノコ採りお断り申し候

(いつもの通りだ 時機医院もある)

禁猟区 ふん いつもの通りだ


小岩井農場はとても広いので、入口は小岩井駅からさほど遠くはありません。

 

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野ばらやアケビが多い茂り、キノコ採りのために入ってはいけませんと書いてあります。

そして小岩井農場の敷地なので禁猟区になっているのもいつもの通りです。

 

全てが当たり前にある、いつも通りの光景を感じています。

 

 

 

小さな沢と青い木立

沢では水が暗くそして鈍っている

また鉄ゼルのfluorescence

向ふの畑には白樺もある

白樺は好摩から向うですと

いつか俺は羽田県属に言っていた

ここはよっぽど高いから

柳沢つづきの一帯だ

やっぱり好摩にあたるのだ

 

土がゼリー状になって水酸化鉄コロイド溶液が固まって、日光等を浴び

発色している様子を見ています。

 

幹が真っ白で美しいとされる白樺の並木を見ています。

 

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柳沢は滝沢市の地名で、小岩井農場の北端が接しています。

 

好摩は現在盛岡市になっている玉山区の地名です。

 

賢治は好摩と柳沢を重ねていたのでしょう。



どうしたのだこの鳥の声は

なんというたくさんの鳥だ

鳥の小学校に来たようだ

雨のようだし湧いているようだ

居る居る鳥がいっぱいにいる

なんという数だ 鳴く鳴く鳴く

Rondo Capriccioso

ぎゆつくぎゆつくぎゆつく

あの木のしんにも一匹いる

禁猟区のためだ 飛び上がる

(禁猟区のためでない きゆつくぎゆつく)

一匹でない 一群だ

十疋以上だ 弧をつくる

(ぎゆつくぎゆつく)

三またの槍の穂 弧を作る

青光り青光り赤楊の木立

のぼせる位だこの鳥の声

(その音がぼっと低くなる

後ろになってしまったのだ

あるいは注意のリズムのため

両方共だ 鳥の声)


たくさんの鳥が群れて鳴いている様子がわかります。

 

Rondo Capricciosoは気まぐれに何度も同じ様子が繰り返されることを指し、

何度も同じ鳴き声でなく、鳥の様子を表しています。

 

柳の木立の中、ずっと鳴き続ける鳥の声を賢治はついには後ろに聞きます。

 

歩いているうちに群を過ぎた様子がわかります。

 

木立がいつか並樹になった

この設計は飾絵式だ

けれども偶然だから仕方ない

荷馬車がたしか三台止まっている

生な松の丸太がいっぱいに積まれ

陽がいつかこっそり降りてきて

新しいテレピン油の蒸気圧

一台だけが歩いている。

けれどもこれは樹や枝の陰でなくて

しめった黒い腐植質と

石竹いろの花のかけら

桜の並木になったのだ

こんな静かなめまぐるしさ。

 

設計されたように立ち並ぶ木々。

でもそれは設計されたのではなく、自然になったもの。

停まっている荷馬車には丸太がたくさん積まれています。

どこかに出荷されるものでしょう。

 

松などの針葉樹からとれる油はテレピン油と言われます。

切ったばかりの松が日差しを浴びて、香り立つ様子が感じられます。

 

雪が解けて、前の年に枯れた草木が豊かな腐植土となっている様子が見られます。

 

そのような土から桜の並木が育ち、美しく静かな景観を見せています。

この荷馬車には人がついていない

馬は払い下げの立派なハツクニー

脚の揺れるのは年老ったため

(おい ヘングスト しっかりしろよ

三日月みたいな眼つきをして

おまけに涙がいっぱいで

陰気に頭を下げていられると

俺は全くたまらないのだ

威勢よく桃色の舌を噛み ふっと鼻を鳴らせ)

ぜんたい馬の目の中には複雑なレンズがあって

景色やみんな変にうるんで歪に見える…

 

ハツクニーはイギリス原産の馬で、脚を高く上げて歩く姿が美しいとされる

馬車用としては最上級の品種です。

 

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ヘングストとは種馬の事で、しっかりしろよというように呼びかけています。

 

あまり元気がないので、陰気にされていると気持ちが落ち着かないから

威勢よく鼻を鳴らしてほしいと願っています。

 

馬の眼は焦点の合わせ方が人間とは違い、また目の筋肉があまり発達していないため、

焦点のゆがみを利用しながら、顔を動かしピントを合わせています。

 

それ以外の部分は歪んで見えるところを賢治は述べているのでしょう。

 

…馬車挽きはみんなと一緒に

向うの土手の枯草に

腰を下ろして休んでいる

三人赤く笑ってこっちを見

また一人は大股に土手の中を歩き

何か忘れ物でも持ってくるという風…(蜂函の白ペンキ)

桜の木には天狗巣病がたくさんある

天狗巣は早くも青い葉を出し

馬車のラッパが聞こえてくれば

ここがいっぺんにスヰツツルになる

遠くでは鷹がそらを舞っているし

からまつの芽はネクタイピンに欲しいくらいだし

今向うの並木をくらっと青く走っていったのは

(騎手は笑い)赤銅の人馬の徽章(きしょう)だ


馬から離れたところで、馬車挽きが休んでいます。

笑ってこちらを見ています。

 

桜の木には鳥が巣をつくったかのように密集する病気、天狗巣が見られます。

 

そこから新芽が伸び青い葉を見せています。

 

この情景の中で馬車のラッパの音が聞こえてくれば、ここがスイスになると述べています。

 

遠くには鷹が舞い、カラマツの芽はネクタイピンに欲しいくらいピンと伸びていて、

並木を走っていったのは盛岡に創設された騎兵第3旅団の徽章が見えたので、その兵だろうとしています。



パート4

 

本部の気取った建物が

桜やポプラのこっちに立ち

そのさびしい観測台の上に

ロビンソン風力計の小さな腕や

ぐらぐら揺れる風信器を

私はもう見出さない

 さっきの光沢消しの立派な馬車は

 いまごろどこかで忘れたように停まってようし。

 五月の黒いオーヴァコートも

 どの建物かに曲がって行った


小岩井農場本部の建物が、桜やポプラの木々が立ち並ぶ手前に立っています。

そしてその観測台の上には風の強さを図ることのできるロビンソン風力計があります。

 

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小岩井駅で賢治が乗ろうかと迷った馬車はどこか目的地について停まったころだろうし、後ろを歩いていたオーバーを着た男性もどこかの建物に曲がっていき、今は賢治しかいない様子が見られます。

 


冬にはここの凍った池で

子供らがひどく笑った

 (カラマツはとび色の素敵な脚です

  向うに光るのは雲でしょうか粉雪でしょうか

  それとも野原の雪に日が照っているのでしょうか

  氷滑りをやりながら何がそんなにおかしいのです

  お前さんたちのほっぺたは真っ赤ですよ)

葱いろの春の水に

楊の花芽ももうぼやける…

はたけは茶色に掘り起こされ

厩肥(うまやごえ)も四角に積み上げてある

並木桜の天狗巣には

いじらしい小さな緑の旗を出すのもあり

遠くの縮れた雲にかかるのでは

みずみずした鶯色の弱いのもある…


以前冬に訪れたときは凍った池で子供たちが遊んでいました。

 

今はその氷も解け春の訪れを感じられます。

 

柳の若芽も伸び、畑はこれからの種蒔きに供え掘り起こされており、肥料も積み上げられています。

 

天狗巣からも小さく目が伸びていて、遠くの雲にかかる木々は薄い色に見える様子が描かれています。


あんまりひばりが啼きすぎる

  (育馬部と本部との間でさえ

   ひばりやなんか1ダースできかない)

そのキルギル式の逞しい耕地の線が

ぐらぐらの雲に浮かぶこちら

短い素朴な電話柱が

右に曲がり左へ傾きひどく乱れて

曲がり角には一本の青木

  (白樺だろう 楊ではない)

耕耘部へはここから行くのが近い

冬の間だって雪が固まり

馬橇も通って行ったほどだ

  (雪が固くはなかったようだ

   なぜなら橇は雪を上げた

   たしかに酵母の沈殿を

   冴えた気流に吹きあげた)

あの時はきらきらする雪の移動の中を

人は危なっかしいセレナーデを口笛に吹き

往ったり来たり何べんしたかわからない

   (四列の茶色な落葉松)

けれどもあの調子はずれのセレナーデが

風邪やときどきぱっとたつ雪と

どんなに良く釣り合っていたことか

それは雪の日のアイスクリームと同じ

   (もっともそれなら暖炉も真っ赤だろうし

   muscoviteも少しそっぽに灼けるだろうし

   俺たちには見られない贅沢だ)

 

春の訪れを告げるとされるひばりがたくさん啼いています。

 

先ほどからひばりの声を聴いているが、あまりにもその数が多いと賢治は述べています。

 

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前回耕耘部に行ったときには、一本の白樺が生えるところを通って行ったのが近かったと思いだしています。

 

ここで人とされているのは友人でしょうか。

口笛で夜曲を拭きながら何度も何度も同じ場所を行き来しました。

 

調子の外れている夜曲が雪の風景ととても合っていたと思い返しています。

 

雪の日に炬燵でアイスクリームを食べるというのは当時から愛されていたことなのでしょうか。


春のヴァンダイクブラウン

綺麗に畑は耕耘された

雲は今日も白金と白金黒

そのまばゆい明暗の中で

ひばりはしきりに啼いている

  (雲の讃歌と日の軋り)

それから眼をまたあげるなら

灰色なもの走るもの蛇に似たもの 雉子だ

亜鉛鍍金の雉子なのだ

あんまり長い尾を引いてうららかに過ぎれば

もう一疋が飛び降りる

山鳥ではない

  (山鳥ですか? 山で? 夏に?)

歩くのは早い 流れている

オレンジ色の日光の中を

雉子はするする流れている

啼いている

それが雉子の声だ

 


綺麗に耕された畑、太陽の光を受けて白金と白金黒に光る雲のコントラストが賢治の眼を引きます。

その情景の中にひばりの声が響きます。


そこに雉が現れます。岩手の県の鳥ともされる雉は、たくさん見られたことでしょう。

 

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亜鉛鍍金の雉子という表現は亜鉛の化学反応で、鳥が飛び立っているように見える姿からその表現が使われました。


飛び立つとまた違う一羽が舞い降り、そして鳴く。


その様子が、太陽の光の下美しく感じられたことでしょう。


今見晴らす耕地の外れ

向うの青草の高みの4,5本乱れて

なんという気まぐれな桜だろう

みんな桜の幽霊だ

内面はしだれ柳で

鴇色の花をつけている

  (空でひとむらの海綿白金が千切れる)

それらが輝く氷片の懸吊をふみ

青らむ天のうつろの中へ

刀のように突き進み

すべて水色の哀愁を焚き

さびしい反照の偏光を截れ

今日を横切る黒雲は

侏羅や白亜の真っ暗な森林の中

爬虫が険しく歯を鳴らして飛ぶ

その氾濫の水煙から上ったのだ

誰も見ていないその地質時代の林の底を

水は濁ってどんどん流れた


周囲を見渡せる外れに立ちながら、風に揺れる枝垂れ桜を見ています。

 

そして自分の世界に入り込み、ジュラ紀白亜紀の森林の時代を思いながら、そこから脈々と続く生命の流れを感じています。


今こそ俺はさびしくない

たった一人で生きていく

こんな気ままな魂と

誰が一緒に行けようか

大びらにまっすぐに進んで

それでいけないと言うのなら

田舎風のダブルカラなど引き裂いてしまえ

それから先があんまり青黒くなってきたら…

そんな先まで考えないでいい

力いっぱい口笛を吹け

口笛を吹け 陽の錯綜

頼りもない光波のふるい

透き通るものが一列私の後から来る

光り かすれ また歌うように小さな胸を張り

またほのぼのと輝いて笑う

みんな素足の子供らだ

ちらちら瓔珞(ようらく)も揺れているし

めいめい遠くの歌の一くさりづつ

緑金寂静の炎を保ち

これらはあるいは天の鼓手、緊那羅のこどもら

  (五本の透明な桜の木は

   青々とカゲロウを上げる)

私は白い雑嚢をぶら下げて

きままな林務官のように

五月の金色の外光の中で

口笛をふき歩調を踏んで悪いだろうか


そんな脈々とした世界の中、賢治は一人で歩いていきます。


好きな時に好きなように行動したいという思いから、誰が一緒に歩んでいくことが出来ようか、いや誰もできないという反語的な表現が含まれています。

 

自分なりの生き方で、それをとがめるような人がいたら、それには背いていきたいという考えが現れています。

 

先があまりよろしくなくなってきたときのことはその時に考え、今はこのままの生き方でよいのだという考え方が見られます。

 

力いっぱい口笛を吹くとその音に合わせて、透き通る賢治の中の空想の世界の子供たちが小さな胸を張りながら笑っています。

 

仏教の装飾具である瓔珞を身に着けた子供たちは天から来たのか、また音楽の神とされる緊那羅の子供たちであるのかと想いを馳せています。

 

賢治は白い肩掛け鞄をぶら下げ、きままに口笛を吹きながら五月の美しい陽光の中を歩いていきます。


楽しい太陽系の原田

みんな走ったり歌ったり

跳ね上がったりするがいい

  (コロナは83万200…)

あの四月の実習の初めの日

液肥を運ぶ 一日いっぱい

光炎菩薩太陽マヂツクの歌が鳴った

  (コロナは83万400…)

ああ陽光のマヂツクよ

1つの堰を超えるとき

一人が担ぎ棒を渡せば

それは太陽のマヂツクにより

磁石のようにも一人の手に吸い付いた

  (コロナは77万5千…)

どの子どもかが笛を吹いている

それは私に聞こえない

けれども確かに吹いている

  (ぜんたい笛というものは

   きまぐれなひょろひょろの酋長だ)


太陽の光の中、それぞれの子供らに走ったり、歌ったり、好きにするのが良いと心の中で思っています。

 

先月の実習で1日液肥を運んだ時のことを思い出しています。

 

光炎菩薩太陽マヂツクは賢治が太陽を表している表現です。

 

太陽を神聖なものとあがめながら、空想の子供が増えを吹いていて、自分には聞こえないけれども確かにそこにあることを感じています。


道がぐんぐん後から湧き

過ぎてきた方へ畳んでいく

むら気な四本の桜も

記憶のように遠ざかる

楽しい地球の気圏の春だ

みんな歌ったり走ったり

跳ね上がったりするがいい


どんどん道を歩いて進み、色々な景色を通り過ぎていきます。


全てが記憶のように通り過ぎて、春の訪れを感じています。


明るい季節だからこそ、みんな好きに楽しんだらいいと表現しています。

 

パート7

 

鳶色の畑が緩やかに傾斜して

透き通る雨の粒に洗われている

その麓に白い笠の農夫が立ち

つくづくと空の雲を見上げ

今度はゆっくり歩きだす

  (まるで行き疲れた旅人だ)

汽車の時間を尋ねてみよう

ここはぐちゃぐちゃした青い湿地で

もうせんごけも生えている

   (そのうす赤い毛も縮れているし

   どこかのガマの生えた沼地を

   ネー将軍麾下の騎兵の馬が

   沼に一尺ぐらい踏み込んで

   すぱすぱ渉って進軍もした)

雲は白いし農夫は私を待っている

また歩き出す(縮れてぎらぎらの雲)

トッパ―スの雨の高みから

けらを着た女の子が二人来る

シベリヤ風に赤いきれを被り

まっすぐに急いでやってくる

(Miss Robin)働きに来ているのだ

農夫は富士見の飛脚のように

笠をかしげて立って待ち

白い手甲さえはめている、もう20米だから

しばらく歩きださないでくれ

自分だけせっかく待っていても

用がなくては困ると思って

あんなにぐらぐら揺れるのだ

  (青い草穂は去年のだ)

あんなにぐらぐら揺れるのだ

爽やかだし顔も見えるから

ここから話しかけていい

シャッポを取れ(黒い羅沙もぬれ)

この人はもう50ぐらいだ

   (ちょっとお聞き申しあんす

   盛岡行き汽車何時だべす)

   (三時だたべが)

ずいぶん悲しい顔の人だ

博物館の能面にも出ているし

どこかに鷹のきもちもある


畑の麓に立っている農夫が天気を気にしながら空を見上げている様子が見られます。

 

賢治はその農夫に汽車の時間を訪ねようと考えます。

 

そこは湿度の高い湿地で苔が生えるほどです。

 

農夫は賢治が来るのを待っているかのように、ゆったりと行動しています。

 

そんな中小岩井農場に働きに来ているらしき女の子2人が赤い上着を着てまっすぐにやってきます。

二人は急いでいるようです。

 

農夫が笠をかしげている様子や、白い手甲をはめている様子がはっきりとわかり、賢治が農夫へと近づいている様子がわかります。

 

もうすぐだから、行かないでいてほしいという心情も表現されています。

 

近づくと50歳くらいの人だという事がわかります。

こちらの存在にも気付いているし、大丈夫そうだから話しかけようという決心が見られます。

 

盛岡行きの汽車が何時にあるのか尋ね、賢治は会話を終えます。

 

先ほどは爽やかだと思っていましたが、実際は悲しい顔をした人で、

博物館の能面にもみえ、鷹のようなまっすぐの気持ちがあるようにも見えると表現しています。


後ろのつめたく白い空では

本当の鷹がぶうぶう風を截る

雨を落とすその雲母摺りの雲の下

畑に置かれた二台の車

この人はもう行こうとする

白い種子は燕麦(オート)なのだ

   (燕麦(オート)捲ぎすか)

   (あん今向でやってら)

この爺さんは何か向うを畏れている

非常に恐ろしくひどいことが

そっちにあると思っている

そこには馬のつかない厩肥車と

けわしく翔けるねずみ色の雲ばかり

怖がっているのは

やっぱりあの蒼鉛の労働なのか

   (肥やし入れだのすか

   堆肥ど過燐酸どすか) 

   (あんそうす)

   (ずいぶん気持ちのいい処だもな)

   (ふう)

この人は私と話すのを

なにか大変憚っている

 

賢治と農夫が話している後ろでは本物の鷹が風を切っています。

 

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雨を落とす雲の下では、畑に二台の車が置かれています。

 

農夫は話を終えて作業に戻ろうとしています。

 

燕麦を蒔いていることがわかります。

農夫は誰かを気にしながら、話しをしています。

 

賢治から見る限り、そこには厩肥車と雲しか見えません。

 

しかし農夫は何かを気にしています。

 

肥料について話しかければ同意はしてくれるものの、やはり何かを気にしながら話していることを感じています。

 

それは二つの車の横

畑の終わりの天末線(スカイライン)

ぐらぐらの空のこっち側を

少し猫背で背の高い

黒い外套(がいとう)の男が

雨雲に銃を構えて立っている

あの男がどこか気が変で

急に鉄砲をこっちへ向けるのか

あるいはMiss Robinたちのことか

それとも両方一緒なのか

どっちも心配しないでくれ

わたしはどっちも怖くない

やってるやってる空で鳥が

  (あの鳥何て云うす ここらで)

  (ぶどしぎ)

  (ぶどしぎで云うのか)

  (あん 曇るづどよぐ出はら)

からまつの芽の緑玉髄(クリソプレース)

かけていく雲のこっちの射手は

また勿体らしく銃を構える

  (三時の次あ何時だべす)

  (五時だべが ゆぐ知らない)


畑にある二台の車の横は畑の終わりが天末線のように見えます。

 

そこには少し猫背で背の高い黒いコートを着た男性が、銃を空に構えて立っています。

 

賢治はその男性が気が変で、自分や先ほど急いで歩いていった女性たちに銃口が向けられるのではないかと気にしています。

 

空では鳥が鳴いています。

農夫になんという鳥なのか尋ねると、ヤマシギという鳥だと教えてくれます。

空が曇ってくると姿を見せる鳥という事で天気があまり良くないことが見て取れます。

 

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三時の次の汽車は何時かと聞くと五時だとは思うけれど、詳しいことはよくわからないと教えられます。


過燐酸石灰の続く袋

水溶19と書いてある

学校のは15%だ

雨は降るし私の黄色な仕事着もぬれる

遠くの空ではそのぼとしぎどもが

大きく口をあいてビール瓶のようになり

灰色の咽喉の粘膜に風をあて

目覚ましく雨を詠んでいる

少しばかり青いつめ草の交った

枯草と雨のしずくとの上に

菩提樹皮の厚いけらを被って

さっきの娘たちが眠っている

爺さんはもう向うへ行き

射手は肩を怒らして銃を構える

  (ぼどしぎのつめたい発動機は…)

ぼとしぎはぶうぶう鳴り

いったい何を射とうというのだ


そこにある過燐酸石灰の袋には水溶19と書いてあり学校で使っているものよりもリン酸が多いのを見ています。

 

雨は降ってくるし、賢治の着ている黄色い仕事着もぬれてしまいます。

 

遠い空ではヤマシギたちが大きく口を開いて啼いています。

その姿が雨を呼んでいるように見えたのでしょう。

 

青いつめ草が少し交った枯草と雨の雫でぬれた上に、菩提樹の皮で作られた厚い上着を被って、さっきの女の子たちが眠っています。

 

先ほどの農夫のおじいさんは向うへ行ってしまい、銃を構えていた射手はまた銃を構えます。

ヤマシギの鳴き声は相変わらずで、賢治は射手が何を射ようとしているのかわからないとその様子を見ています。


爺さんの言ったほうから

若い農夫がやってくる

顔が赤くて新鮮に太り

セシルローズ型の丸い肩をかがめ

燐酸の空き袋を集めてくる

二つはちゃんと肩に着ている

  (降ってげたごとなさ)

  (なあにすぐ晴れらんす)

火をたいている

赤い焔もちらちら見える

農夫も戻るし私もついて行こう

これらのカラマツの小さな芽を集め

私の童話を飾りたい

一人の娘が綺麗にわらって起き上がる

みんなは明るい雨の中ですうすう眠る

  《うな いい女子だもな》

にわかにそんなに大声に怒鳴り

真っ赤になって石臼のように笑うのは

この人は案外に若いのだ

透き通って火が燃えている

青い炭素の煙も立つ

私も少し当たりたい

  《おらもあたっでもいがべが》

  《いてす さあおあだりやんせ》

  《汽車三時すか》

  (三時四十分 まだ一時にもならないも)

火は雨で帰って燃える

自由射手(フライシュッツ)は銀の空

ぼとしぎどもは鳴らす鳴らす

すっかり濡れた 寒い がたがたする


先ほどの農夫が行ったほうから、今度は若い農夫がやってきます。

 

見るからに健康的で、小太りで丸いイメージをセシルローズと重ねています。

彼は過燐酸石灰の空き袋を集めに来たのでした。

 

農夫が来た方に赤い火が揺れているのが見えました。

彼ももう戻るようなので、賢治もついていくことにします。

 

周りにはカラマツが新芽を伸ばしています。

その美しさに見とれ、自分の物語の中にも飾りたいと考えます。

 

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眠っていた女の子が笑って起き上がります。

 

かわいらしさに賢治も目を止めます。

 

大きな声で笑ったり、大きく笑ったりする様子からその人が思っていたよりも若いのだと賢治は考えます。

 

炎が燃えています。

私も当たっていいですかと、賢治も火に当たらせてもらいます。

 

ここでも汽車の時間を確認し、賢治は改めて自分の体が濡れて冷え切っていたことを感じるのです。


パート9

 

透き通って揺れているのは

さっきの剽悍な四本の桜

私はそれを知っているけれども

眼にははっきり見ていない

確かに私の感官の外で

冷たい雨が注いでいる

  (天の微光に定めなく

  浮かべる意思を我が踏めば

  おおユリア 雫杯とど降りまさり

  カシオぺーアはめぐり行く)

 

賢治は火に当たりながら先ほど見た景色に思いをはせています。

 

先ほど見た桜が揺れているのを知っているけれども、今は眼で見ておらず、でも確かに冷たい雨が降り注いでいるのを感じています。

 

ここでのユリアはジュラ紀から名前を取った空想中の子供の事です。

 

カシオペアは北天に見られる星座で目印としても使われることから、ここでも旅路を思い起こす中で使われているのでしょう。

 

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ユリアが私の左を行く

大きな紺色の瞳をりんと張って

ユリアが私の左を行く

ぺムペルが私の右にいる

…はさっき横へ外れた

あのから松の列のとこから横へ外れた

  《幻想が向うから迫ってくるときは

   もう人間の壊れるときだ》

私ははっきり眼をあいて歩いているのだ

ユリア、ペルペル、私の遠い友達よ

私はずいぶんしばらくぶりで

君たちの大きな真っ白な素足を見た

どんなに私は君たちの昔の足跡を

白亜系の頁岩の古い海岸に求めただろう

  《あんまりひどい幻想だ》

私は何をびくびくしているのだ

どうしてもどうしてもさびしくてたまらないときは

人はみんなきっとこういう事になる

君たちと今日会うことが出来たので

私はこの大きな旅の中の一つづりから

血みどろになって逃げなくてもいいのです

   (ひばりが居るような居ないような

   腐植質から麦が生え

   雨はしきりに降っている)


ユリア、ジュラ紀が左側を行き、ぺムペムはペルム紀は賢治の右側にいると表現されています。

ユリアはフランスの山脈から、ペムペムは化石が発見されたロシアの地名からその名前を取ったとされています。

 

幻想の中にいるのか、現実なのか、自分が感じようと思わずに空想の中にいるときは人間が壊れるときだと賢治は心の中で思っています。

 

自分は眼を開いて、はっきりとした状態で歩いています。

その中でジュラ紀ペルム紀の風景を、しばらくぶりで感じたのです。

でも実際はそこには現代の風景が並んでいるだけ。

賢治の幻想にすぎないのです。

 

自分で何かを畏れ、寂しく感じたので、空想の世界に入ってしまったと思い直しています。

 

今日、ユリアやペムペムを感じることが出来たので、ただ一人でさびしいという思いだけではなかったのでしょう。


そうです、農場のこの辺は

全く不思議に思われます

どうしてか私はここらを

der heilige Punktと

呼びたいような気がします

この冬だって耕耘部まで用事で来て

ここいらの匂いのいい吹雪の中で

何と話に聖いこころもちがして

凍えそうになりながらいつまでもいつまでも

行ったり来たりしていました

さっきもそうです

どのこ子供らですかあの瓔珞(ようらく)をつけた子は

   《そんなことでだまされてはいけない

   違った空間にはいろいろ違ったものがいる

   それに第一さっきからの考えようが

   まるで銅板のようなのに気が付かないか》

雨の中でひばりが鳴いているのです

あなたがたは赤い瑪瑙のとげでいっぱいな野原も

その貝殻のように白く光り

底の平らな大きな素足に乗せて踏むのでしょう


この農場のあたりを賢治は「神聖な場所」と呼びたいような気がすると言っています、

 

冬に耕耘部まで用事で着たときも、吹雪の中を凍えそうになりながらもいつまでも往ったり来たりするなど、この空間では普段と違う行動をしてしまうという事を言っています。

 

空想の中の子供たちをまた思います。そこは現実ではなく異なる空間だと、自分自身に語りかけています。

 

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雨の中でひばりが鳴いています。

赤と白の縞模様の瑪瑙をイメージしているのでしょうか。枯草と土の野原を見ながら、彼らはそこを素足で歩くのだろうとまた空想の世界へ思いを巡らせています。


 もう決定した そっちへ行くな

 これらはみんな正しくない

 今疲れて形を更えたお前の信仰から

 発散して酸えた光の澱だ

 ちいさな自分を画することのできない

 この不可思議な大きな心象宙宇の中で

もしも正しい願いに燃えて

自分と人と万物と一緒に至上福しにいたろうとする

それをある宗教情操とするならば

その願いから砕けまたは疲れ

自分とそれからたったも一つの魂と

完全そして永久にどこまでも一緒に行こうとする

この変態を恋愛という

そしてどこまでもその方向では

決して求めえられないその恋愛の本質的な部分を

無理にもごまかし求め得ようとする

この傾向を性欲という

すべてこれら漸移の中の様々な過程に従って

様々な眼に見えまた見えない生物の種類がある

この命題は可逆的にもまた正しく

私にはあんまり恐ろしいことだ

けれどもいくら恐ろしいといっても

それが本当なら仕方ない


現実と空想の世界へ思いを行ったり来たりしながらも、そちら側の世界へは現実ではないのだから行ってはいけないと自分に言い聞かせています。

 

自分の空想の世界なのか、自分の思考の世界なのか、賢治は自分の内部に入り込み考えをめぐらせていきます。

 

何が正しいのか、目に見えるもの、見えないものそれらの捉え方が恐ろしいと言いながらも、本当の事であれば仕方がないのだとあきらめにも似た気持ちを持っています。


さあはっきり眼をあいて誰にも見え

明確に物理学の法則に従う

これら実在の現象の中から

新しくまっすぐに起て

明るい雨がこんなに楽しく注ぐのに

馬車が行く 馬は濡れて黒い

人は車に立っていく

もう決してさびしくはない

何べんさびしくないと云ったとこで

またさびしくなるのは決まっている

けれどもここはこれでいいのだ

すべて寂しさと悲傷とを焚いて

人は透明な軌道を進む

ラリツクス ラリツクス いよいよ青く

雲はますます縮れてひかり

私はかっきり道を曲がる

 

 

はっきりすべての人に見え、物理的に法則通りにある、これらの実際の現象を感じようとします。

 

雨が楽しげに降り注ぎ、馬車が過ぎ、馬は雨に濡れて黒く光っています。

 

その情景を見ながら、賢治は一人で歩む道程もさびしくないと自分に言い聞かせますが、なんど言い聞かせてもまたさびしくなるのはわかっています。

 

けれども今回はこれでいいのだ、寂しさと悲傷を抱えながらも人は歩んでいると自分に言い聞かせます。それはすべての人に当てはまるのだと。

 

カラマツはいよいよ青く、雲は光り、賢治はまっすぐ進んできた道を曲がります。

 

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詩の最初では自分の内心と、現実に見たものを中心に述べていますが、

途中からは風景と自分の空想の世界を合わせながら述べています。

 

空想の中ではたくさんの子供たちが賢治とともにいますが、現実は一人で歩みを進めています。

 

その中で賢治が感じた孤独感が美しい情景の中描かれています。

 

木々や鳥たち、そしてそこで働く人たちの姿を感じながら実際に小岩井農場へ向かってみるのもいいかもしれませんね。

 

賢治が愛した風景を感じてください。